プラチナデータ

移動中、お借りしている本「プラチナデータ」を読んだ。

700ページ以上の大作だったが、飽きることなく最後まで読めた。
文庫サイズの本は、自分にとってはとても有りがたい。

まず、このストーリーを文章だけでまとめあげたのは、さすが職業作家だと思う。
構成などもとてもよく出来ていて、読者が飽きない工夫が随所にあったのは良かった。
私は推理小説ファンではないので、たまに投げ出したくなる本もあるのだが、その点この東野圭吾という作家は読みやすく感じた。最後に、わけのわからない後書きがないのも良かった。

さて感想としては、うーん、大衆娯楽小説として割り引いても、60点くらいだと思う。
まず致命的なのは取材不足というより、作者の知識不足がひどい。ストーリーの根幹を成すのが、二重人格と警察というキーワードだが、まず二重人格という人格が、「反転薬」という煙によって切り替わること。フィクションとして割り引いても、これはない。そもそも二重人格という精神病はほとんどない。多重人格というべきだし、その症状が進んで幻覚を見るという設定は、人格障害として有り得ない。全く多重人格障害について取材していないのではないか?
幻覚として出るのは女性の少女だが、多重人格障害でないと、異性はまず見ない。
主人公の能力を高める薬として、精神的な発露が出る一種の麻薬という設定にしたほうが良かった。
中盤に、警察が主人公を探し回るシーンで、もうひとりの主役である刑事が所轄・本庁・現場らの板ばさみにあう話が延々とあるが、あのシーンいらない。踊る大走査線以来、ああいうリアリズム的な描写が増えたけど、素人の想像の域を出ていない。細かくは書けないけど、そうはならないだろう?という箇所が多かった。

設定として、今後はDNAの採取で個人が管理され・・・という全体のテーマがあるけど、どうして最初からDNAによって日本全体が管理された社会というストーリーにしなかったのか。話では、法案が成立して、野合を皮肉る官僚側という会話があるが、マイナンバーにしても住民基本カードにしても、普及率10%未満であったのにDNA登録をすると税金が安くなるなんていうのはおかしい。本来政府は税金の多寡について自由に決めることができるわけだから、だったら他の税金を上げれば済む。
プラチナデータという設定自体がまずおかしい。政治家や官僚は、別にプラチナデータなんか無くてももみ消す事自体が可能だからだ。
DNA登録していない人間に手錠をかけるシーンからスタートしたほうが、テーマがはっきりとしたのではないか。
冒頭、殺人現場から入る「出だし」はお約束だが、推理小説なのか娯楽小説なのか、読者は混乱してしまう。

映画化や芝居化ありき、という内容が随所にあり、結果として作者が何を言いたいのかさっぱりわからない。
ラストシーンのネタバラシはお約束だが、悪役の懲罰としてはありきたりで、ここまで知恵をしぼって読者に考えさせた意味がまるでない。作者も書きたくないようなアクションシーンだったのではないだろうか。挙句の果てに、最後に主人公は陶芸家になってしまうという意味不明さだ。

どうだろう?同じ内容でも、DNAによって完全に管理された日本。数少ない、登録されていない人間に、強引に手錠をかける冒頭のシーンから始まる。開発した研究者は、数学的思考を一時的に増大させる薬を慢性的に服用しており、副作用として幼少の人格が発露してしまうことに悩んでいる。最後のオチは、自らのDNA登録によって自らを苦しめる死を迎えることで、カタルシスとして情報化社会に警告する・・・としたら、もっと話の展開がラクだったように思うが。

推理部分は読みなれていないからよくわからないけども、おもしろく読めた。途中から「あっ、こういうトリックなんじゃないか」と思わせておいて、「ああやっぱりな」と、読者に当てさせてくれるのは、さすが商業作家だと思った。

DNAの分析結果を暗号化し、照合していく作業は天才的な数学の知識がいる!というのは、ちょっと時代遅れなんじゃないの?これまた作者が、ITについて全く無知なことを暴露しているのは残念だった。

(作中で「ノートパソコンが・・」などと、米系日本人が言っているけど、米系日本人なら、絶対「ラップトップ」と言う。
こういうイロハは知ってほしい。また端末をすぐに読み出しているけど、それこそ暗証番号はかかっていないのがおかしい。物語全てにおいて、コンピュータに無知な刑事が、なんのプロテクトもないコンピュータばかり触っているのは不自然だ)

設定として、現在世界中で使われている一般的な暗号化技術で、充分対応できることを、さも凄いことのように書いているのは、残念というかなんというか、勉強不足。
設定としてであれば、膨大なDNA情報のデータベースを構築して照合していく作業なのだから、天才的なデータベースを構築した数式、とでもしたほうが平易で分かりやすい。データベースの照合作業自体はコンピュータの台数さえ増やせば良く、暗号も現在破られていない暗号の仕組みを使えばよい(作者は、暗号について根本的な勘違いをしている。暗号を復号するのは、キーさえあればごく簡単だ。)だいたいにおいてDNAのサンプルは少しづつ手に入るという設定だからなおさらおかしい。検索情報なら、情報のヘッダ5-6文字だけで照合できる。類似値にしてもプログラムで解決できる問題だ。フィクションとしても、不自然なのは興ざめだ。現在だって、日本の指紋照合システムというものが現実としてあるのだから、そういう地道な取材を通じた内容にしたほうが話に深みが出たと思う。
たとえば日本の指紋照合は、特徴点抽出システムを使っている。指紋全体を照合しているわけではない。指紋の中の特長が12点以上一致すれば良いという統計を利用し、特長の三角形のデータだけで照合している。これをDNAの特長に当てはめた上で照合している、という内容ならば、プロでも納得できたと思う。なぜならDNAのプロファイリング自体は、そのDNAが犯人以外であってもデータがあるのだから、ナローコンピュータを揃えて解析させていき、サブホストに特長抽出部分のデータを記録していけばいいからだ。そういった発想のひらめきが全然ない・・・というよりも筆者が知らないのは、ルール破りだ。
たとえば小説において、ワープ装置が登場することについて、俺は一切疑問に思わない。フィクションだからだ。
だけども、科学系フィクションを書くならば、それらしい理論を述べ、それらしい設定を、カケラでもいいから書いておかないと、読者に薄っぺらいと思われる。これが素晴らしいと、次も買いたくなるというものだ。コアなファンが満足するような部分で、手を抜くべきではない。

DNAから顔写真まで出てくる!というトンデモ発想は◎、おもしろかった。未来を感じさせるし、天才科学者と素人が実感するに充分だと思う。こういうノリならこういうノリで進めてくれると思ったので、へんなリアリズムはいらなかった。

まあフィクションなので、ちょっと突っ込みばかり書いてしまったけども、この小説、致命的に残念なことがある。
それは笑いがないことだ。作品に「踊り場」がないから、登場人物に感情移入できない。主人公の逃亡シーンを削って、日常や恋愛を少し入れたほうが、読者も引き込まれたとおもうがいかがだろうか。

このボリューム、これだけの大作で、説明的セリフを気にせずストーリーを展開していく筆力、表現力はさすがだと思ったが、この作家忙しいのかな?腰を据えた取材に裏打ちされた、緻密な話を書かせたほうが良いと思った。

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